郷土料理とは伝統的、文化的なものであって、そうそう根本的に変わるものではないものだそうですが、少しは改良されてきています。
昔この地方は千鳥ヶ浜(柴垣海岸から志賀町まで)と言われ、塩浜(塩田)でもあり鰯の魚場でもありました。春に浜辺でとれた鰯を糠漬にして保存食にしました。このあたりではこんかいわしと言われています。その保存食にしたこんかいわしを焼いて食べると香ばしく食欲もそそり暖かい御飯には最適です。
その保存食のこんかいわしと酒粕とで出し汁をとり、千切り大根,白菜の糠漬けなどをホタテ貝の殻を使い囲炉裏で煮て食べた素朴な料理が、この地方ではべか鍋と言われました。
*柴垣では昔、鰯のことを(かかるめ)と呼んでいました。
そのべか鍋も食生活が豊かになってからは、食卓から遠のき長年忘れられていたのでしょうか?
暫くは眠っていた様です。
それが昭和52年に石川県郷土料理コンテストが開催されることになり、べか鍋を応募しました。
応募総数約1200点の中から第1次書類選考、第2次展示選考、第3次実施選考を通過する事が出来たのは、
加賀の『報恩講料理』、
金沢の『鯛の唐蒸し』と『治部煮』、
奥能登の『いしる(いしり)』、
口能登は、当店いわきの『べか鍋』、
の5点でした。これらはNHKの テレビ番組にも出ることができました。
昭和57年度には金沢、加賀、能登の郷土料理の本が出版され、金沢うつのみや書店では約1ヶ月間
No.1の売り上げをしていたこともありました。
『べか鍋』も掲載されてから、マスコミやラジオ、テレビ各局に注目をあびるようになりました。
また、県農林漁業、自然人などの本にも掲載されている事もありました。
その後、若い人達や子供さん達、観光客の方々にも食べて頂けるように、こんかいわしを焼き、生臭さを取り除き、裏ごしをし、骨もなくス‐プ状にした白い出し汁となっています。
この出し汁は最後に雑炊としても頂くことが出来るように仕上げてあります。
その後、地域活性化や村おこしの為に、民宿組合,婦人会,小学校親子学級などに『べか鍋』の料理講習会なども8回ほど開催しました。
『べか鍋』はこんかいわしと酒粕,その他が入っての郷土料理です。
今では海の幸に恵まれた能登一帯のなつかしい冬のふる里の味となっています。
又、隣町では『かぶし』とも言われています。(昔、代官が見まわりに来たとき、臭いが洩れると困るので、あわてて蓋をかぶせたと言うせこい、話しです。)
☆能登の冬の旅で是非、本場の『べか鍋』をご賞味下さい。
県外へ出て行かれている口能登出身の方も必ず懐かしさがこみ上げてくるものと思います。